d94n2s blog

自作小説の公開、管理を目的としたブログ。変な小説を読みたい人は寄っといで。

動物夢三夜

  

第一夜
         
 こんな変な動物の夢を見た。
 自宅のあるS市から三十分くらい電車に乗って、県庁所在地のY市に行く。
着いてみるとY駅は、巨大な岩で出来ていた。エアーズロックめいた一枚岩を削り、穴を穿って駅舎に近い形にした感じ。造りはかなり粗くてゴツゴツした岩肌が見え、改札を通って駅舎内に入るとまるで鍾乳洞の中にいるようだ。
 駅を出て、駅前の地下通路を歩く。そこは岩造りではなかったが、薄暗くて先が見えないくらいに長々と真っすぐに続いている。コンクリートで固められた、味もそっけもないただのトンネルだ。どこまで行っても人はいなかった。
 正直言って薄気味悪い。先へ行くと霊のたぐいが出てきそうな気さえした。あまりに寂しいので嫌になり、二、三百メートルくらい進んだところで引き返す。
 もともとこのY市には用があって来たわけではない。休日の気晴らしが目的だったので、不快な気分になるなら居ても意味がない。電車に乗ってトンボ帰りすることにした。
 駅へ戻るとそこはもう巨岩ではない普通の鉄筋コンクリートの駅舎になっていた。自宅があるS駅行きの切符を買ってホームに行き、ベンチに腰掛けて電車が来るのを待った。
 しかし電車はなかなか来ない。この路線は電車の運行が一時間に一本なのだ。手持ち無沙汰で空を見上げる。
 長いホームに屋根は無く、空は青く晴れていた。
 どうしたわけか、ずいぶんと高い所に電線があった。路線沿いの駅敷地内には高圧電線の鉄塔がいくつもあって、路線を跨いで高圧電線が張りめぐらしてある。これでは少々危険ではないだろうか。それだけでもおかしな話だが、その電線が路線と交差している私の真上あたりには、奇妙な物体が乗っていた。
 黒くて巨大なグンニャリしたもの。ゴーヤを少し扁平にしたような形をしていて、平行に六本並ぶ電線の上に、電線と交差する形で引っかかっている。電線からはみ出た端の部分は、ダランと折れるようにして垂れ下がっていた。片方の端は三味線のバチのような形に開いている。真ん中あたりには、ボートを漕ぐオールみたいなものが付いてもいた。
 私は目を疑った。だが、何度見返しても、それは鯨のようだった。
 生きているのか死んでいるのか分からない。いずれにしても、自力で動く力は残ってはいないようだ。ダリの絵に出て来る時計のように、自重によってグンニャリと溶けるように変容してゆくだけの存在になってしまっている。紐に掛けられた雑巾、などと言ったら言い過ぎだろうが、それに近い雰囲気はあった。
 どうしてあんな所に鯨がいるのだろう。
 私は不思議に思って周囲を見回した。他の人たちは、頭上にあるものに気づいているのかと訝ったのだ。
 ホームには、十数人がいた。私と並びのベンチには、会社員風の男が四、五人。少し離れたところには、立って電車を待っている人たちもいる。学生はおらず、女性は二、三人。鯨に気づいているのかいないのか、皆視線を上へは向けず、いたって日常的に平然とした態度である。だが、よく見ると、微妙に緊張した雰囲気が漂っているようにも思える。実はみんな気づいていて、知らぬ顔をしているのではないか。こんな非常識なことに最初に気づいてしまった言い出しっぺになるのが怖いので知らんぷりをする、といった意識でいるのかもしれない。。
 だとしたら、私は遅れて気がついた間の抜けたやつということになってしまうのだろうか。
 それにしても、どうして平気でいられるのだろう。もし上にあるものが落ちてきたら、下敷きになって死ぬ人が出るのは確実と思えるのだが。そして、それは今すぐ起こってもおかしくはなかった。高圧電線が重みで切れるかもしれないし、微妙なバランスでもって引っかかっている鯨の体は、横風を受けたくらいでもずれ始めるかもしれない。
 私はもう一度鯨を見上げた。ずいぶん高いところにある。鉄塔は高く、高圧電線は、通常町中にあるものよりも倍近い高さに渡されているようだ。路線が入り組む駅ホームの上に電線を渡しても事故が起こらないようにという配慮からだろうか。重いものを乗せているわりに、あまりたわんではいないようだ。それだけピンと張ってあるということなのだろうか。だとすれば、切れる危険もそれだけ大きいことになる。
 違和感を覚えた。鯨の体の位置は、さっきより少し横にずれてきていないだろうか。何度見てもそう見える。錯覚ではなかった。鯨の体は自らの重みでもってバランスを崩し、片側に寄ってずり下がり始めている。考えてみれば鯨の体は前後が対象ではなく、頭の方がより太く体重が重い形状になっている。その方向へと、より多く体がはみ出してきていた。私から見て左側へである。見ている間にも、僅かづつ僅かづつその傾向は強まっている気がする。今にも完全にバランスを失って一気に雪崩を打ちそうだ。
 今落ちるか、今落ちるか・・・・・・。と、私は息をつめて見つめ続けた。どうして逃げ出そうとしなかったのだろう。落ちたら下敷きになりそうなのに。金縛りにかかったように、椅子の上から動けなかった。
 そして、ついに勢いがついて、一気にズズズーッと土砂崩れのように鯨の巨体は動き、電線から放れた。
 一瞬後、ズスンッとベンチから尻が浮くほどの地響きがした。恐ろしく巨大で重量のあるものが私の前の路線の上に落ちた。ずり落ちた時に微妙に位置が変わったのか、それとも元々真上ではなかったのか、私は直撃を免れた。鯨はホームを直撃せず、下敷きになった人はいなかった。
 私は一気に呪縛が抜けた気がした。立ち上がってホーム際へ行き、落ちてきたものを見降ろした。
 だらん、と生っ白い腹を上にして路線の上に横たわっている鯨。身体の向きは完全にホームと平行である。二十メートルくらいある巨体は地面に叩きつけられた衝撃のためか若干扁平になり、骨が全てグズグズに崩れたかのように柔らかそうだ。死んでいるようである。
 全体の黒い色や、ややずんぐりめの形からすると、セミクジラというやつのようだ。
私と並びのベンチに座っていた人たちも皆立ち上がって近くに来た。
そして鯨を見ては、他人事のように呟き合った。
「大きいなあ」
「大きいですね」
 鯨を見に行ったのは、ベンチにいた会社員風の男ばかり。大半の客たちはそのまま何も無かったかのように電車を待ち続けた。鯨の方に視線をやろうともしない。
電車の停車位置の半分くらいは鯨の体で塞がれているのだが、停車位置を少しずらせば乗り降りするのには支障がないと思っているのか。それともひょっとして、本当に鯨の姿が目に入っていないのだろうか。
 いったい何を考えているのか。私には全く理解できない人たちだった。

                第二夜

 こんな変な動物の夢を見た。
 私は求人募集をしている会社へ就職試験を受けに行く。
 試験は社屋である中規模のビル内で行われる。受付けをすませると、家具が何もない、だだっ広い部屋に通される。一人の求人に対して集まったのは、私を含めて五人だった。
 会社側の審査官は、就職希望者たちに奇妙な試験を課す。
 長方形の部屋の中央に一本のロープを張り、そのロープにぶら下がってロープの端から端まで渡るという競技。ロープの両端は向かい合う壁に硬く固定してあった。どうやつて固定されていたのかは判然としない。何となく、それが当然だと思って気にも留めなかった。ロープの長さは二十メートルくらいあったろうか。つまり、部屋の長さも二十メートルだったということである。
 私たちはスタート地点のロープ端に近い壁際に並ばされ、一人づつ台に上がってその上のロープを手で掴んでぶら下がってゆく。私は最後尾だったので、最後にロープにぶら下がる不利なスタートだ。
 だが、私に焦りはない。私は実はゴリラだったからだ。ゴリラだからロープ渡りなどは楽なもので、長い腕のスライドでスイスイ先に進んでモタモタしている前の人を次々追い抜いてゆく。脇で見ていた審査官も「先にいる人はどんどん抜いていいのですよ」とアドバイスしていたので遠慮はない。
 私は難なく全員をごぼう抜きにし、一位でゴールインした。
 就職希望者に対する試験はそれで終わりではなく、その後も四種類の同じような体力勝負の競技をやらされた。
 私はその全てで一位を獲得する。
 試験は終わり、これで私の就職が決まったろうと思っていると、審査員は意外にも他の人物の採用を告げる。
「どうしてですか。自分は全ての競技で一位を取ったのに」
 私が詰め寄ると、審査官は困ったように、
「ゴリラだからねえ・・・・・・」
 何とも曖昧な表情をして、すまなそうに視線を逸らした。

                  第三夜

 こんな変な動物の夢を見た。
 巨大な超高層ビルの高層階に、ゲーム会社が経営するアミューズメントパークがある。筐体型のテレビゲームを中心に、遊園地並みのアトラクションをも兼ね備えた若者向けの施設である。
 私はそこに入ろうと思ったのだが、入場料を払うのが悔しい気がして券を買わずに入場ゲートをこっそり素通りする。
 するとすぐに係員から呼び止められた。
「入場券を買ってください」
 そばにある券売機を見ると、入場料はたったの百円だった。だが、それでももったいないので中に入るのはやめる。
 私はアミューズメントパーク入り口を素通りして通路を歩く。細い廊下が無機質に続き、人気娯楽施設のそばだというのにまったく人がいない。
 しばらく行くと廊下の突き当たりには広いホールがあった。テナントが撤退した後の空き空間といった感じの殺風景さで、中には何もなくてガランとしている。一辺が四十メートルくらいの正方形のスペース。
 位置関係から言って、多分左手の壁の向こうはゲーム会社のアミューズメントパークだろうと思った。そこには映画の緞帳のような分厚い幕が張ってある。
 近づいて、幕の中央合わせ目から顔を突き出して奥を覗いてみると、その向こうは小劇場のような造りになっていた。
 奥へ向かって客席が並び、ステージは最奥にある。そこは床が低くなっている。ステージに近づくに従って、客席が階段状に低くなって行く造りだ。
 ステージは床がコンクリートで周囲に柵がめぐらしてあり、その中では一頭の黒い象が芸をしていた。
 あたりに人は一人もいない。なのに一生懸命丸太乗りをしている。切り株のような木台の上に太い足を四本揃えて縮こまるようにして乗る様は、何ともうら寂しいものだった。ここはアミューズメント施設の一部なのだろうか。
 どんな場所なのかは分かったので、私は一応納得して幕の間から頭を抜いた。そして振り返ると、そこには先程までとは全く違う、とんでもない光景が広がっていた。
 ホールの中は見渡す限り、ほぼすべて象で埋まっていたのである。
 私がいる幕際から、三メートルくらい離れた地点より先が、ぎっちりみっちりと象象象象、また象象象象象。まるで巨大な稲荷寿司を敷き詰めたかのようだ。いったい何頭いるのか。少なくとも百頭は下るまい。二百頭くらいはいるのではないか。象の満員電車といった有様だ。巨大な肉体は空間を圧っし、巨岩を並べたような背中から生体エネルギーが蒸気となって発散して、天井辺りを靄となって覆っているようだった。
 いつの間にか天井にある照明は明るさのレベルが落ちて、ホール内は薄暗い。その中に巨体の群が微動だにせず立ち続けているのは何とも不気味だ。
 さまざまな姿の象がいる。灰色のもの黒っぽいもの。頭部が角ばっているもの丸みを帯びているもの。インドの祭事で見かけるような、宗教的な模様を体に描き込まれたもの。幕のような垂れ布を額や背中に掛けているもの。妙に毛が長いもの。牙が不自然なくらい長いもの。世界中から、ありとあらゆる種類の象が集まっているようだ。
 このように巨大なものが大量に、一瞬のうちに現れたことが恐ろしくてならなかった。
 幸いにして象たちは、私に注目してはいないようだった。てんで勝手な方向を向いて、それぞれ動かず物思いに耽っている感じ。立ったまま反睡眠状態にあるのではないかと思える個体もいる。
今のうちにこの場所から逃げ出すべきだろう。
 私は彼らを刺激しないようにして、忍び足で出口の方へと向かった。象は体を壁に着けるのを好まないようで、壁際には人が通れるくらいのスペースがある。象たちは私をアリンコ程度にしか思っていないようで、そばを通っても反応することはなかった。
 だが、一つだけ困ったことが起きた。象の群の中から一頭の子象が抜け出してきて私の後をついて歩き始めたのである。見慣れぬ姿の人間に対し、無邪気な好奇心を起こしたようだ。  
 子供とは言っても象だから、大めの猪くらいの大きさきはある。正直邪魔だし、もしも私が子象にちょっかいを出しているといった風に取られたら、大人象が怒り出して襲って来る恐れもある。
本当にヒヤヒヤした。
「ついて来るな」と追い払いたいが、それをやったら、子供象に危害を加えようとしているようにしか見えないだろう。さりとてにっこり笑って「おいで」などと言ったら、それこそ子象の誘拐犯だ。
 どうしようもなく、そのまま流れに任せるしかなかった。他の象はともかくとしても、この子象の母親が私を見たら、確実に子供を取り返そうとして襲って来るだろう。
 気がつきませんように。と祈った。
 目をつぶって地雷原を歩くような想いで歩を進め、ようやく廊下に出た。
 少しホッとしたが、油断は出来なかった。子象は依然として、私の後について来ていたからである。早くこの場から離れなければと思って私は歩き続ける。
 廊下は先ほどとは大分違った造りになっていた。床はクリーンなカーペット敷きで、両側の壁には事務所風のドアが並んでいる。アミューズメント施設など影も形も無い。どう見てもオフィスビル内の通路だった。
 いったいいつまでついて来るのかと思って振り返って見ると、一メートルくらい後ろにいる子象は、不思議なことにだんだんと小さくなってくる。大きめの猪くらいの大きさだったのが、大型犬くらいになり、やがて柴犬くらいになる。振り返るたびに小さくなっているのだ。
 真っすぐな通路をしばらく進んで突き当りの角を左に曲がると、その先の廊下はホテルのような造りになっていた。左側に部屋が並んでいるのだが、どうしたわけかドアが無く、室内が丸見えになっている。いかにもビジネスホテルといった感じの、同じ造りの長方形の部屋部屋。中にはベッドやテレビや小テーブルなどが、整然として並んでいる。
 それらの部屋を見ていると、奇妙な思いに捉われ始める。
 「このあたりには、私の自室があるはずだ」と思ったのだ。ホテルに泊まっている部屋、ではなく、永住している部屋。である。
 それを捜すつもりで見て行くと、「ここだ」と強く感じる場所があったので入ってみる。
 しかし中は他の部屋と何ら変わらず、生活感がまったく無かった。私物も無いので自分の部屋だという証明ができず、本当にここなのか? と不安になった。
 後についてきていた子象はこの頃には猫くらいの大きさになり、あまり小さくなり過ぎたせいか足取りは頼り無げになって、よろめきながら部屋に入って来る。
 そして今度は部屋の中を周回するように歩き回りながら、下痢便を垂れ流し始めた。猫の大きさになったとはいえ、元は象なので大変な量だ。体は小さくなっても腸の内容物までは小さくならなかったので自然に肛門から押し出されて体外に出てきた。というような感じ。
 このままでは部屋中がビチグソまみれになってしまう。
 私は慌てて子象の歩みを止めようとして、その前に立ちふさがってトウセンボウをするように手を伸ばす。そして、何故かその時手に持っていた調理用の金属製ボウルを床に落としてひっくり返してしまう。業務用の大型のものである。
 今まで全く意識していなかったのに、そんなものを持っていたとは驚きだった。その上、その中に入っていたのは、さらに意外なものだった。アンコウの肝味噌和えが、ボウルの淵までたっぷりみっしりと入っていたのである。料亭で一品料理として客に出したら五十人分くらいになるのではと思える量だった。
 ぶちまけられたアンコウの肝味噌和えは、床に線を引いて垂れ流された下痢便の周囲に散らばった。直接下痢便の上に落ちたものも多い。もともと水分が多くて茶色くグチャグチャとしたものなので、一緒になるとどこまでが便でどこからが肝和えなのか判別しづらい。
 味噌の中にはアンコウの身をサイコロ状に切った具が入っているので、その形でもって辛うじてこの部分が肝味噌和えだと分かるか、という状態だ。
 しかし少し見続けていると、ひょっとしたら全部が象のウンコなのではないかとも思えてくる。私はアンコウの肝味噌和えでは無く、アンコウの象糞和えをボウルに入れて手に持っていたのではないだろうか?
 結局私には子象を止めることは出来なかった。子象は体のサイズに似合わぬ重量感で進み、下痢便をビリビリに垂れ流しながら歩き回り続ける。
 そこへ廊下からホテル従業員の女性がやってきた。小太りでオカメ顔の、人が良さそうな中高年のオバサンである。
 従業員女性は子象を見るとビックリして、私と同じく象の歩みを止めないといけないと思ったらしい。慌てふためいて子象の後を追い出す。そして象のウンコで足を滑らして、見事にすっ転んでしまう。転んだところもウンコの上なので、下痢便がベシャッと跳んで壁が茶色い飛沫だらけになるわ、女性は体中ウンコまみれ肝和えだらけになるわで、もう部屋の中は無茶苦茶で収集がつかない。
 そんな中、子象は「もう用は終わった」と言わんばかりに部屋から出て廊下を歩き始めた。もうウンコは止まっている。
 私は思わずその後を追った。
 子象はさらに小さくなって、もうハムスターくらいのサイズになっている。小さい象というのは普段イメージしないだけに、やけにシュールな姿と見える。
 体をゆらゆらと左右に揺すって壁沿いをヨタヨタと歩き、そしてしばらく直進して突き当たった角を左へと曲がる。私にもその先がどうなっているのかは分からない。ビルの最奥部へと進んでいた。
 しかしいざ行ってみると、廊下を曲がった先は、四メートルくらいで行き止まりになっていた。
 小さな象は突き当りの壁のすぐ前まで行くと、ピタリと足を止めて壁の一点を見上げる。床から一メートル五十センチくらいの高さの壁中央部である。よく見ると、そこにはゲジゲジのような、黒くて細長い虫が一匹張り付いていた。
 象はゆっくりと頭を上向けて、照準を定めるような動きをする。
 そして数秒間ピタリと停止した後、突然ピョーンとノミのように大きく跳ねた。野球の内野フライのような放物線を描き、壁中央に張り付いている虫をめがけて跳びついたのである。
 象は壁にピタリと足から着地。そのまま蝿のように貼り付いて、ゲジゲジ虫をパクッと口に咥えた。
 その時には象の体はさらに縮んで、黄金虫くらいの小ささになってしまっていた。いや、虫のような、ではなくて、本当に虫になってしまっていた。口先から棒状の口吻が伸びた、ゾウムシと呼ばれる黒い甲虫だ。エジプトあたりで糞を転がしているスカラベのような質感があって、何だか酷く不潔感を感じた。子象ならぬゾウムシは、ゲジゲジを飲み込んだ後もしばらく壁に貼り付いていた。
 しかし、さすがに「やり過ぎた」と思ったのか、決まり悪そうに壁から飛び降りてきた。どうした訳か、私はその気持ちが、手に取るように分かる気がした。
ゾウムシは床に着地すると、すぐに元の丸っこい象の姿に戻る。大きさは甲虫サイズのままで、である。
 それを見た私は、「ここまで小さくなったら、つまみ上げて口に入れたら飲み込むことも出来そうだな」と思う。もちろんそんな事はやらないが、巨大なイメージの象が、飲み込むのも可能な存在になってしまったというのはすごく不思議だった。何かが間違っている気がしてならない。胸騒ぎがしてならない。
この子象はいったいどこまで小さくなってしまうのか。
 私には、その行く末が恐ろしいように感じられた。

                    了