d94n2s blog

自作小説の公開、管理を目的としたブログ。変な小説を読みたい人は寄っといで。

「小さな事件」2019年頃に書いた小説です。

 

 まあ、何と言いますか、間が悪いっていうことはあるもんですねえ。まさかあんなことになろうとは。夢にも思いませんでしたよ。ハハハ。えっ、笑ってる場合じゃない? 本題を早く話せと、ごもっともで。それじゃあ始めましょうかね。まあ、言ってしまえば同じことの繰り返しみたいなもんで、そんなに内容がありはしないんですがね。

まず私がどういう生い立ちをたどってきたのかから・・・・・・。え? それも必要無い? 参ったな。それじゃあ私のやってきたことを、正確に理解して頂くのは難しいですよ。せめて子供の頃がどんなだったかくらいは話させて下さい。はっ、どうも。ありがとうございます。簡単に済ませますんで。

私の父親は政治家でして、家は中々に裕福でした。子供の頃は何不自由なく育ったもんです。父は外面のいい人でねえ。家の中では口汚く人をののしる癖に演説では歯が浮くようなことばかり言ってました。私もそれを受け継いだのか、外面も人付き合いも良くて学校などでは上手くやっていたものです。私は体力はある方じゃないので、腕っぷしの強いガキ大将に取り入って虎の威を借りていましたかね。悪いこともそれなりにはやりました。でもね、意外に疑われないんですよ。表面上は優等生で、いい家の坊ちゃんと見られていますから。いじめとか、万引きとか、窓ガラスを割ったりだとか、そういった悪どいことほど私のイメージとは違うようで、知らんぷりしていれば疑われず、なあんにもお咎めは無い。 

一度もバレたことは無いですね。私が怒られる時って言ったら成績が学年で十番以下に落ちたとか、宿題を忘れたとか、そんなのばかりなんです。いつしか悪いことっていうのは悪どくやった方が誤魔化せるものだ。というのが経験則みたいになっちゃいましたねえ。まっ、私の誤魔化し方が上手かったせいもあるのでしょうが。

そんな風に要領がいいものだから、私は仕事でも出世しましたよ。ええ。親父の後を継いで政治家になったんです。そうなると、ますますうまい汁は吸った者勝ちだ。という考えになる。一般人がチマチマとやる悪いことなんて馬鹿らしい。政治の世界で大きく悪事をやった方がバレないんだってね。ええ、悪いことはやりましたよ。その方が政治の世界では出世するんですね。ハハハ。世の中はそういうものです。

それでは本題に入りますかね。

私は十年前に結婚しまして。ええ、結構な美人でしたよ。ミス何たらかんたら国内代表の最終選考まで残ったって程の。私は若くて美しい妻を得て得意の絶頂でした。妻はどうして私のプロポーズを受けたのか。結構歳も離れていて、別に私は男前って訳でもないのにねえ。やっぱり金と権力ですか。妻は実家が貧乏でしたしねえ。まっ、それはいいんですが、やっぱり美人ってのは駄目ですねえ。いや、最初はいいんです。私も半年くらいは大満足でした。

ですが、ずっと毎日一緒に暮らすとなると、飽きるんですよ。過剰に整った顔が。どうも人工甘味料のようなくどさを感じてしまってねえ。毎日高級フランス料理のフルコースを食べさせられているようだというか。私はそんなに美食家じゃないし。毎日食べるならパスタとかマッシュポテトとかローストチキンとか、そんなので充分なんです。ええ。それなのに妻はあくまでも自分の美貌を一財産だと思っている。「若くて美人の私が結婚してあげたのよ」っていう感じが、どこかに残っているんですなあ。 

そんなだと、よその素直な娘が可愛く見えるようになりますよ。性格が良くて、話を合わせて私を適当に持ち上げてくれる娘がね。見た目は程ほどでいいんです。あとはあっちの方の相性が、・・・・・・いや、これは口が滑りました。妻が不感症だと言ってる訳じゃないですよ。へへへ。

まあ、そんなかんなで浮気した訳ですよ。ところがねえ、女の勘というのは馬鹿にしたもんじゃあないですな。軽い遊び程度の時には何も言わなかったのに、いざ本気で浮気をしだすと妻は急に嫉妬深くなる。何で分かるんですかねえ。グチャグチャと小さなことを並べ立てて追及しだしてうるさいったらない。それで一度浮気がバレましてね。すったもんだして浮気相手と別れるはめになっちゃいました。いい女だったんですがねえ。私は政治家だし、妻と離婚なんてことになったらイメージダウンは避けられない。選挙も近かったですしね。慰謝料だってがっぽり取られる。これは阿保らしいってことで、とりあえずは我慢してさやを収めた訳です。

いやいや、反省なんてしませんよ。いや、少しはしたのかな。でもそれは逆の方行へで、今度浮気する時には絶対にうまくやる。見つからないようにする。いや、見つかったとしても妻の思い通りになどなってたまるかってなもんで、作戦を考えたりもしたんです。

とりあえず、妻をほったらかしておいたのがいけなかった。人間不満がたまると何かにと人のあらを捜したくなるもんです。空腹の人が食べ物の匂いに敏感になるように神経が鋭敏になって、それで私のちょっとした変化に気づいたんじゃないかってね。だからまた浮気を始めたら、妻への家庭サービスに努めることにした。「お前、毎日家にいて家事をやっていたらストレスが溜まるんじゃないかい。たまには外へ遊びに行こうじゃないか」なんてね。妻は泳ぐのが好きだったので、海へ連れて行くことにしたんですよ。帰りにはエステに寄って高級店で買い物もする約束でね。

休日なのでいつものお付きの運転手も無く、私がハンドルを握っての二人だけのドライブです。私も車好きなもんで、たまにはこういうのもいいかな。なんて思いましたよ。新婚当時に戻ったみたいでねえ。

ところがね、女ってのは馬鹿ですねえ、せっかくサービスしてやるってんだから楽しめばいいのに「どういう風の吹き回し?」なんて疑いやがるんですよ。「君への感謝の気持ちだよ」とか答えたら、さらに眉間に皺を寄せやがるんです。答え方が不自然だと言うんですね。「まさか、あなたまた悪い病気が出たんじゃあないでしょうね」とか言いやがる。頭に来ましたねえ。こうなったら作戦その二の発動です。

いや、何ね、大したことじゃあないんですが、前回は一方的に受け身になったから完全に向こうのペースになってしまった。これじゃあいけない。だからこちらからも攻撃するべきだ。向こうが怒り出す兆候を見せたら、こっちから先手を打って怒ってやれっていうのがそれでして。ちょうどむかっ腹が立った所だったので、演技は上手くできましたよ。元々私はこういうのは上手いタチでしてね。

「君はそんなに僕が信用できないのか」

 こう怒鳴りつけてグイッとアクセルを踏み込みましたよ。まあこれも作戦のうちで、思いっきりスピードを出してやれば向こうは下手をすれば事故を起こすんじゃないかと緊張する。私の機嫌一つでこういう危険が起こる。お前の命は俺が預かっているも同然なんだぞ。というのを見せつけて、それでこっちのペースに引き込もうという考えです。

 ええ、効果はありましたよ。妻はジェットコースターとか、そういったものが苦手なタイプだったんですな。こう、両耳に手を当てるようにして「やめてっ」なんて裏返った声を上げる。普段は偉そうにしてる癖にねえ。こっちはそれが面白くて、さらにアクセルを踏み込みました。

 今考えてみれば、これが良くなかった。そうしたら、ピーポーパーポーサイレンが鳴って、後ろから警官がバイクに乗ってやって来る。「その車、停まりなさい」なんて言ってね。スピード違反です。もちろん停まりましたよ。

 私はバイクの若い警官に対し、ゆったりとした笑顔を作ってやりました。私は大物政治家だぞ。下手な扱いをしたら君の立場が悪くなるかも知れんぞ。と、そういう無言の圧力をかけようとしたのです。ですが、まったく通用しません。当たり前だったかもしれないですけどね。いつもは運転手付きの大型高級車で、私は高級スーツを着て後部座席にゆったり構えている。大物というのは一目で分かる。しかし、この日と来たら、乗っているのは金持ちのドラ息子が乗るようなスポーツカーで、自分でハンドルを握り、その上海へ行くっていうんでアロハシャツを着ているという始末。それは見る人が見れば金持なのは分かるはずだし、私が誰なのかに気づいてもいいようなもんですが、下っ端警官にそこまで求めるのは無理というものです。

警官は横柄な態度で、「免停だ」なんぞと言いやがるんです。そりゃあねえ、私は車が好きで休みの日には自分で運転することが多い。ドライブ先で事故を起こしたことくらいはありますよ。一発免停になるところを警察上層部にかけあって加減してもらった。それを今さらほじくり返すようにしてスピード違反如きで免停だなんてねえ。私は言いましたよ。「なあ君、それは無いだろう。少し考えてくれたまえよ。もちろん罰金は払うがね。少ないが取っておきたまえ」

もちろん渡したのはハッキリと賄賂だと分かる額でね。いくら馬鹿でも意味は分かるだろってなもんですよ。こんなことでまた警察の上の方へ手を回すのは面倒臭かったものでね。そしたら警官は乱杭歯を剥き出してニターッと笑いましてねえ、何事も無かったかのように敬礼してバイクに乗って去って行きました。

そしたらねえ、それを横から見ていた奴がいたんですよ。いや、見てただけじゃない。撮影してた。歩道からスマートフォンをこっちに向けて撮影機能で一部始終を撮っていやがった。パーカーを着て派手なスニーカーを履いた、通行人の若造でねえ。私の顔を知っていたようで、鬼の首を獲ったかのように喜ぶんですよ。こうヒューッと口笛を吹いて「こいつはいい動画が撮れたぜ。大物政治家の買収劇い」なんて言って、そしてすぐにその場でネットに投稿しようとする動きまで見せる。そんな事をされたらたまったもんじゃあありませんや。

私は慌てて車から降りて、その若造の手からスマートフォンを叩き落としました。話し合う暇も無い感じだったので。スピード違反で停められてしまった後なので、これ以上妻にかっこ悪い所を見せる訳にはいかない、ってな気持ちもありましたかね。

若造は「何しやがる」と憤激して落ちたスマートフォンを拾おうとした。だから私はその前に一歩前に出て足で踏み潰してやったんです。器物損壊という犯罪になりますかね。私としては、とりあえず証拠の映像さえ破壊してしまえば後は何とでもなる。スマートフォンを弁償して多めに慰謝料を与えれば、こんな若造なんぞ簡単に黙らせられる。ってな感覚でね。

しかし、これは間違いでした。若造はカンカンに怒って、私の説得に応じようとはしなかったんです。

「なあ君、よく考えたまえ。そんな映像を広めるよりも、お金をもらって口を閉じている方が得というものだろう」そう言って金を握らせようとしたんですが、イヤイヤをするように首を横に振って手を開こうとしない。

まったく最近の若者は損得勘定もできないんですかねえ、簡単な足し算なのに。学校じゃあ何を教えてるんだって話ですよ。それどころか、大きな声を上げ始める。

「政治家だからって、こんなことをしてただで済むと思うなよ。思い知らせてやる」なんてねえ。力関係からしたら痛い目を見るのはどっちなのかは分かりそうなものなのに。声を聞きつけて人が集まり始めたので、私は若造をなだめなくちゃあならなくなってしまいました。ええ、スマートフォンを壊したことについては謝って、この場じゃあ何だから場所を移して話をしましょうってね。

 まったくつまらぬことで休日の予定が狂っちまった。場所を変えたら若造は「弁償代に慰謝料を付けて払った上に公共の場で謝罪しろ。その映像をネットに流せ」なんていう要求をして来るんですよ。まったく無茶苦茶な話で、いったい何を考えているんだか。事をおおやけにしたくないから慰謝料を払うっていうのにその意味すら分からないとは本物の馬鹿ですね。

私は若造の立場をわきまえない増長ぶりに腹が立って、社会のためにもこういう輩をのさばらせてはいけないと思いました。ええ。こういう時には力で分からせてやるに限ります。今思えば弁護士に連絡すべきだったんでしょうけど、マフィアの顔役に電話しちゃったんです。ええ、マフィアとは以前から懇意にしていて、揉め事を潰す仕事を何度か頼んだことがある。その便利さを知っていたので、つい、ね。私も世間とは感覚がズレていたんでしょうなあ。

「話の分からない若造からごねられている。お灸をすえて黙らせてくれないか」てなもんで、もちろん連中は二つ返事で駆けつけて来ましたよ。私は後を彼らに任せて妻と海水浴場へ行ったという訳です。

 まあ何とか、ご機嫌取りと逆切れの押したり引いたり作戦が功を奏しまして、ショッピングを終えて帰る頃には妻は機嫌を直して浮気の疑いも引っ込んだようすでした。ああ、やれやれと思ったそこへ、マフィアの連中から報告の電話が入ります。若造には殴る蹴るの制裁を加えた。その上、銃を突き付けてロシアンルーレット式で脅してやったからもう文句はつけてくるまい。とのことで、ああやっぱり餅は餅屋だと胸がスッとしましたよ。ハハハ。

 それで終われば良かったんですけどねえ・・・・・・。

 あっ、どうも。水をお願いできますか。喉がカラカラなんで。まったくここは暑いですなあ。水分を補給しなかったら口が回りゃあしませんや。はあ、それも駄目ですか。中々厳しいですねえ。まっ、いいですが。

どこまで話しましたっけ。若造を懲らしめたところまで、ですね。

 ええ、話はそれで終わらなかったんですよ。若造の野郎、あきらめが悪くてね。とんでもないところへ助けを求めやがった。いや、弁護士なんかじゃないですよ。若造はヒスパニック系で、親戚にギャング団の人間がいたんですな。それも組織の中じゃあそれなりの地位だったらしくてね。どうりであの野郎、私を相手にした時も態度が大きかった訳だ。いざとなったら親戚にギャング団員がいるのを持ち出して、それで私を威嚇できると踏んでたんですねえ。畜生、それならそうと早く言えばいいのに。切り札が一つしか無いのに出し惜しみしやがって。

 問題はね。その若造が泣きついたヒスパニック系ギャング団と私が懇意にしているマフィアは、激しい縄張り争いをしていて一触即発の状態にあった。ということなんです。ええ、この揉め事は単なる物を壊したの暴力をを振るったののトラブルじゃあ済まなくなりました。二つの大きな暴力組織の衝突点に発展してしまったんです。

 とは言っても、いきなりドンパチ、じゃあありませんよ。裏の社会にもルールってものがありましてね。一応最初は話し合いをして、それが拗れたら力で、となるのが順序。ギャング団の奴らも、まずは金を出せと言って来た。賠償金やら治療費やらを、謝る気持ちを込めて多めに積めばチャラにするということですな。まあ要求としては分からないではない。私もこうなったら仕方がない、常識的な額なら応じてもいいと腹をくくりましたよ。

ですがね、すぐにそれを言い出したらいけない。最初に下手に出たら、足元を見られて思いっきり吹っ掛けられるに決まっていますからね。マフィアの連中には「ギャング団との交渉ではとにかく最初は強気に出てくれ」とお願いしましたよ。

 妻との駆け引きが上手く行って、やっぱり強気に出た方が結果がいい。というのが経験としてあったもんだからそれを当てはめようとしたんですが、まずかったかなあ。ハハハ。あんまり上手くはいかなかった。

 元々マフィアは血の気が多いんだから、強気に出ろなんて言ったのは火に油を注ぐようなものでしたね。若造を脅す時にも銃を突き付けてロシアンルーレットまがいのことをやらせたくらいの連中なんだから。ほっといたって喧嘩腰の折衝にはなる。ヒス系ギャング団もそれをちゃんと考えていて、交渉の場に銃を持ち込んで来た。ちょっとしたきっかけで撃ち合いが起こりかねない状況だった訳ですよ。ええ、実際にそれは起っちゃった。

 最初に発砲したきっかけが何だったのかは、私はその場にいなかったから分からない。多分つまらない事だったんでしょう。相手のちょっとした動きを銃を抜こうとしていると勘違いしたとかいったような。ですが、それで放たれた一発の弾がその場にいたマフィアの兄貴分の胸を撃ち抜いちまったらしいんですな。もう治まりはつきませんや。たちまち撃ち合いになって先制攻撃を食らったマフィアは全滅。ギャング団も撃たれたが、死者までは出なかった。

この不均衡も良くなかったですねえ。双方同じ被害なら痛み分け的に手打ちに持っていく事も可能だったでしょうが、一方的に皆殺しにされて、マフィアがその後黙っている訳はありませんや。もちろん報復となりました。倍返しでね。それに対してギャング団も報復を返し、双方の幹部が撃ち殺されるってな事態にまで発展して血で血を洗う全面抗争になった。

抗争は、半年ばかり続きましたかねえ。その間に死んだ人は流れ弾に当たった一般人を含めて五十人を超えた。もう私はどうにでもなれってな気分でした。だってそうでしょう。元はと言えばスピード違反で、それを誤魔化すために買収をし、さらにそれを誤魔化すために器物破損、またそれを誤魔化すために暴行、それがさらには殺人へと発展して行ったんですから。あれよあれよってなもんですよ。

 話がここで終わったらまだ良かったんですけどねえ・・・・・・。

 困ったことにマスコミがこの抗争事件を熱心に取材してまして。正義派を気取った新聞社が、特集を組んで事件の核心を暴く的な報道をし始めたんですな。「この抗争事件の陰には大物政治家が」、的な論調でねえ。一応匿名にはしていますが私のことを言っているのは明らかでした。

 ですがねえ、結構ピントはずれているんですよ。私が裏社会のすべてを手中に収めるためにマフィアをけしかけてギャング団を潰しにかかっている。とか、国家諜報部の長官とも通じていて、諜報部やマフィアと手を組んだ大掛かりな政治的陰謀を画策している。とかねえ。そりゃあ私は国家諜報部の長官とは仲が良かったが、それは右翼系鷹派の権力者側という共通点があって気が合ったというだけでねえ。

 えっ、私の右翼主義ですか。いやあ、私のはなんちゃって右翼で、ただ威勢のいいことを言ってれば右傾向の人たちは喜ぶので、簡単に人気を集めるのにはソッチ系の立場を取っていた方が有利だっていうだけのものですよ。私は演説が上手かったので、それを最大限に生かすには威勢よく振る舞うに限る。そのためには右の立場で。とね。合理的でしょう。

 私は新聞記事に困ってしまい、国家諜報部長官に相談しました。彼なら情報には通じているし、良からぬ噂を記事にされて迷惑しているということでは同じ仲間なんだから何とかしてくれるかも知れないと思ったんです。

 ああ、その前に、その国家諜報部がどういう組織かについて説明しておいた方がいいですかね。

私の国は小国なので、先進大国とは作りがだいぶ違っている。十五前まで軍事政権が続いた名残りで今だに軍の力が強く、警察はその傘下にいると言ってもいいような状態です。国内外の情報を収集管理する国家諜報部も、軍事政権の時に発達して今だに大きな組織網を保持している。軍事と国内治安に関する情報を一括管理し、盗聴などによる情報収集も当然行う。場合によっては超法規的な謀略活動もやると噂されてもいます。

まあ、一般市民が絶対に敵に回したくない、独裁者が権力を固めるために利用しようと思えばいくらでもできる組織と考えればいいでしょうか。今の首相は穏健派なのでこういった組織の力を弱める方向に動いていますが、しっかりと抑え込めるかどうかは軍同様に不透明といった状態です。

考えてみると、新聞社もよく国家諜報部長官を批判するような記事を書いたもんですねえ。首相の政策が功を奏して今では諜報部も骨抜きだとでも思っていたんでしょうか。とんでもない感違いです。

ともあれ私は国家諜報部長官に相談してみた。そうしたらねえ、彼は私以上に怒っていたんです。無理はないかもしれませんね。私のような政治家は基本的に目立ちたがり屋で、人の目につくのは慣れている。ある程度は有名税的なものも覚悟しているという所はあるんですが、役人は完全に裏方で、特に諜報部長官なんてのは誰よりも秘密を重んじる立場。他人の秘密情報は誰よりも知っていたいが、自分については絶対に誰にも知られたくない。そういう感覚で生きてきた人です。

人柄もそれを反映して、陰険な所がありましたかねえ。しつこいというか、妥協を知らないというか。今考えると、少し性格に問題があったかも知れないですね。優秀はすごく優秀なんですが、どこか血の通わない冷たい所が感じられました。身体つきも小柄で頭でっかちで、ちょっと蟻っぽい。フリークっぽい雰囲気もあったかなあ。

その彼がねえ、言うんですよ。「盗聴などをして詳しく調べた結果分かったんだが、あの新聞社ではあなたがマフィアと繋がっている証拠を完全に掴んだようだ。近々実名でそれを報道しようとしている。どうしますか」ってね。

「どうしますか」って言われてもねえ。そりゃあ私は今回の件に限らずマフィアを使って悪どいことを散々やってきたので、それを報道されたら一巻の終わりだ。だからと言ってどうすりゃいいんですかって話ですよ。そうしたらねえ、長官はニタリと笑うんですな。蛇のような、酷薄そうな表情でね。

「何とかできないこともない」低く抑えた声でそう言いました。その内容を、詳しく聞いて驚きましたよ。何と、「新聞社を丸ごと爆破すればいい」って言うんですな。ははあ。私もたいがいは悪い方だと自認していましたが、上には上がいるんですな。勉強になりましたよ。でもね、よくよくその計画を聞けば合理性はあった。さすが諜報部長官、よく考えてある。・・・・・・とか言ったら、今となってはお笑い草ですが、とにかくその時の私にはよく練られた計画だと思えたんです。

 長官は、「新聞社を爆破してもテロ組織の犯行に見せかければ大丈夫だ」と言うんですな。言われてみれば最近はテロ組織による爆破事件が続発していて、「我々の主義主張に反するマスコミもテロの標的にする」的な声明が発表されたばかりだったんです。そして私の悪事を暴こうとしている新聞社は、テロ組織糾弾の急先鋒でもあった。さすが正義派を自認するだけのことはありますな。

 国家諜報部長官は頻発するテロに手を焼き苛立っていた。こんなテロ組織なんぞに好き勝手に暴れられたら治安を手中にしていると自認している諜報組織の名折れ。軍や警察とも協力して何としてでも叩き潰さなければならない。と考えていた。だがあまりに強引にやったら政治家や国民や、その他もろもろからの反発を招く。だから反発が出なくなる程の大きな事件を起こしてテロ組織の犯行に見せかければ、国民総応援の元に無茶苦茶強引なテロ組織一掃作戦を実行できる。という訳です。同時に私を仲間に引き込めば、政治家方面への根回しもできて一石二鳥だという計算ですな。

 テロ組織を犯人に見せかける具体的な方法についても説明してくれましたよ。爆弾はテロ組織が使用するのと同じものを使い、新聞社近辺の防犯カメラにテロ組織の一員らしき人物が映り込むよう細工をする。犯行声明も科学的に分析して作った精巧なものを用意する。エトセトラ、エトセトラ・・・・・・。

 私はそれらの専門知識を動員した話に、騙されてしまったのかも知れないですねえ。よくよく考えれば「新聞社が私の悪事の証拠を掴んでそれを報道しようとしている」なんていうのは長官から知らされたからそう思っただけで、本当かどうか何て分かりやしない。そう気づいたのは大分後になってからのことで、後の祭りなんですが・・・・・・。

まあ、その時には身の破滅が迫っていると信じて気持ちが動転していたし、長官の話の持って行き方も上手かった。それにね、私は少々後悔してもいたんです。あの例の、すべての始まりとなった若造の件ですよ。私はマフィアに若造を黙らせるように頼んだが、どうしてあの時にもう一歩踏み込んで「永遠に口を利けないようにしろ」と言わなかったのか。

ええ、あの若造一人さえいなくなればね。その後にマフィアとギャング団の抗争が始まることも無く、五十人を超える死者が出ることも無かった。流れ弾に当たって善良な市民が死ぬことも無く、そして今こうしてさらなる困難に直面することも無かったのにって。そう思わない訳にはいかないですよねえ。

やっぱり悪事というのは大胆にやった方が発覚しない。徹底的にやるべきなんだ。と子供の頃からの経験則を今さらながらに思い出したりしていたんです。

だから私は思い切りましたよ。「えーい、こうなりゃあ毒を食らわば皿までだ。どうせこのままじゃ身の破滅なら、やってやろうじゃないか」てなもんで。ええ、新聞社爆破計画にゴーサインを出し、積極的に関わることにしたんです。

それからは話が早かった。新聞社がボーンと吹っ飛ぶまでがほんの三日です。ええ、計画は成功しましたよ。死者が六十二人。負傷者は、ええと何人だったかな。覚えてないですが、とにかく新聞を出すどころじゃなくなったのは確かです。その後の国家諜報部長官主導によるテロ組織一掃作戦もすごかったですねえ。軍隊を動員してテロ組織アジトに突入して小型ミサイル砲をぶっ放して皆殺しって騒ぎ。

一般人の犠牲者も三人ばかり出てしまいましたが。でもねえ、これに関しては私はいいことをしたと思ってますよ。国内のテロ組織は根絶されて、テロ事件は大幅に減りましたからね。ハッハッハ。奴らが言ってる政治的な主張の中身がどんなのかは知らないが、あんな奴らを野放しにしていたら新たなテロで死者が増えるだけだってもんです。

国家諜報部長官は自分の力をまざまざと見せつけて権力を盤石なものにし、私も積極的に動いて大いに名を売ることができた。いつしか国内のタカ派政治家のリーダーだと言われるまでになったんです。

しばらくの間はいい事ずくめでした。

しかしね、やっぱりいいことばかりは続かない。新聞社爆破事件について、疑惑が囁かれるようになってきたんです。

いったいどこから情報が洩れたのか。最初のうちはまったく分からず、まるで狐につままれたようだったですねえ。驚いたことに、ネットに私と国家諜報部長官の会話の録音音声が流出していたんです。それも結構きわどい内容で、「それにしても新聞社の爆破は上手く行ったなあ」「諜報部の力をもってすれば当然の結果ですよ」とか、そんなやり取りまであったんだから。まあネットっていうのは出まかせが多いので、それを聞いても半信半疑の人は多かった。私らも「こんなものはフェイクだ」と言って誤魔化そうとしたんですが、火種は中々消えない。 

その頃には私も大物になり過ぎていたんですかねえ。政治家までがその騒ぎに乗って、「専門家の分析で本物の音声だと分かった」などと言ってわざわざ国会で取り上げて、よってたかって私を攻撃してくる始末。国会ってのは政策を決める場であって個人攻撃をする場じゃないってのに。自分だって裏じゃあ悪いことをしている癖にねえ。

えっ? 殺人まではやってない? まあ、そうかもしれないですけどね。私の言ってるのは悪人仲間の癖にって事ですよ。

後で分かったんですが、どうやら情報を流したのは国家諜報部内部の人間だったらしいですね。それも長官自らが目をかけて出世させてやった若手幹部だった。いったい何をトチ狂ったんですかねえ。まさか今さら正義感に目覚めたなんてことは無いと思うんですが。もちろんそいつは長官によって消されました。あっ、ついでに言うと、最初に私に難癖をつけて来た若造も、その頃には海に沈められてました。私に命じられたマフィアの手によってね。ハハハ。

しかしね、火元の人物を始末したからと言って疑惑が晴れる訳じゃあない。

私はまたもや困っちゃいました。国家諜報部長官も同様です。私らは再び相談をしまして、この危機を乗り越えるためにはこんなスキャンダルなどどうでも良くなるような事態を引き起こすしかないと話がまとまりましたよ。もうこの頃には私もこの事態の一連の流れが分かってきていまして、これまでと同じことをやればいいって考えになってました。

はい。テロの次って言ったら戦争ですね。

幸い・・・・・・って言ったらいいのかどうか分かりませんが、その頃わが国と隣のB国の間には領有権問題が発生していまして、一つの島をめぐってお互いに我が国の領土だと主張しあって小競り合いが起こるといった状態にあったんです。近海で漁船同士が衝突したり、民間の右翼活動家が上陸して旗を立てたりといった事があった後、お互いに軍の船が乗り出して来て島を挟んで睨み合うといった状態になってた。軍の飛行機も島の上空を飛んだりしてます。

そういう所へね、軍事情報をも扱っている国家諜報部が意図的に偽情報を流す訳ですよ。B国戦艦が発砲してきたとか、B国戦闘機が爆撃作戦を敢行する模様だとか、そういったたぐいの情報をね。どうなりますか。いや、本当のことを言えばどうともならない。現場の兵だって馬鹿じゃあないから自分で確認して間違った情報らしいと判断するでしょう。おそらくはね。しかし、その軍の一部に戦闘を誘発するような行動を取れという指令を受けた兵が混じっていたらどうなるか。

国家諜報部長官は、それを行う用意があるという軍の幹部を紹介してくれました。

軍内部には野望を抱く不平分子と言いますか、軍事政権時代に青春時代を送ってその夢を捨てきれないでいる一派がいたんですね。軍事政権が終わった時にはまだ若手で、そう高い地位にいた訳じゃあないから排除されなかったが、今は出世してそれなりの兵を動かせる。時代が時代なら国のトップに立てる可能性もあったのに。などと考えている時代錯誤の馬鹿者です。

時間を軍事政権時代に巻き戻すためには、一番いいのは戦争を起こすこと。そうすれば軍の存在感は嫌がおうにも高まり、戦いに勝利した暁には政治に口を出せる所まで軍の発言権は高まっているかもしれない・・・・・・。

困ったことに、それはまったくの絵空事とは言い切れないんですな。我が国のような歴史の浅い小国においてはね。

その連中のリーダーだという軍幹部の顔を最初見た時には厭な予感がしましたよ。どこか国家諜報部長官と同質な、昏い目の光りがあるんですな。長官とは違って軍人らしく筋肉質でシャキッと背筋が伸びていましたが、頬がこけて頭は禿げてまるでガイコツのようだった。類は友を呼ぶと言いますか、ちょっと危ない雰囲気がある。さすが長官の友人だなと思いましたよ。

ともあれ、これで体制は整いました。情報操作は長官がやり、現場での戦闘誘発行動はガイコツ軍幹部の一派がやる。政治家への根回しは私の担当です。戦争になるB国は我が国よりも国土は広いが、人口、資源共に少なく、数年前からの経済危機により国力が疲弊している。ほどほどに戦って勝利するには格好の相手でもありました。

こんなことを言ったら不謹慎かもしれませんが、私らにはどこかワクワクするような、浮ついた気分がありました。何と言っても戦争ですからねえ。善悪はともかくとして、一般人の想像を超えたような大きなことをするのは、気分の高揚が伴うもんです。自分が一回り大きくなったような気がしてねえ。

本当にそんな事が私らにできるのか? いや、できる。できるはずだ。てなもんで。ロケットを月へ飛ばしたアポロ計画の関係者はこんな気持ちだったかもしれないな、などと思ったもんです。

ええ、計画は上手く行きましたよ。

B国も、よっぽど国内が混乱していたんでしょうねえ。こっちの戦闘誘発行動にあっさり乗って、思いもかけず簡単に戦闘機で攻撃してきた。戦闘は激烈だったが、元々我が国の方が軍の装備は整っている。計算通りに戦闘は次第に優勢になりました。制海権を手にすると、一気にB国本土へと攻め込みましたよ。もちろん私は大いに旗を振って、不埒なB国は懲らしめるべきという世論を盛り上げて戦争続行を首相に迫った。

目論見は大成功でしたねえ。もうこんな状態じゃあ、私らのスキャンダルなんて追及する人はいなくなった。しょせんは国民が退屈しているからこその追求騒ぎだったと知りましたよ。

そしてね、この戦争は、思いがけない果実を私にもたらしたりもしたんです。首相は根っからの平和主義者で、戦争なんていう事態には向かなかった。当然優柔不断な態度になる訳で、そんな事で戦争に勝てるのかと、国民の不満は高まる。

B国は自分の国だけでは戦争に勝てないと見て大国に助けを求めましてねえ、その結果R大国が力を貸して最新兵器を大量に提供してきた。それで我が国の旗色が悪くなってしまったんです。B国は攻め込んだ我が軍を押し返し、逆に我が国本土まで攻め込もうという勢いを見せていた。

国民の間に悲鳴が上がりました。機を見るに敏と言いますか、ガイコツ軍幹部はそのチャンスを見逃さなかったんです。彼は私の想像を越えた野心家だったんですなあ。国家諜報部長官とも協力し、兵を動かして一気に国会を制圧しました。

ええ、クーデターです。大義名分は、「このままでは国が破滅してしまうから、軍を中心にして国をまとめてB国と戦う他はない」といったようなものです。まあ、一理ないこともないんですが、その戦争を起こしたのがガイコツ軍幹部自身なんだから、なにをかをいわんやです。

驚いたことにクーデターは成功しましたよ。そしてガイコツ軍幹部は、私を首相の座に据えた。

まあ、名目だけの傀儡に近いんですが、それでも嬉しかったですね。元々私が政治家になったのも、中身が伴わない上っ面だけのことだったんだし、それで曲がりなりにも首相になってしまったってのはねえ、感慨深い訳ですよ。ハッハッハッ。あるいはこの時が、私の人生の絶頂だったかも知れないですねえ。

私が首相になって最初にやったことですか? それはもちろん大国に助けを求めることですよ。向こうがその気なら、こっちだってやるに決まっているじゃないですか。R大国の最大のライバル、U大国に速攻で助けを求めた。「このままだと我が国で産出する希少金属の利権がR国に奪われちゃいますよ。助けてくれたら無条件で採掘権を差し上げますからあっ」て、美味しい条件を付けてね。

そうしたら、大国ってのはさすがですねえ、驚くような速さで援軍を差し向けてくれました。希少金属の利権がよっぽど欲しかったんでしょうねえ。

本当に、一歩遅れたらお終いっていう所だったんですよ。その時にはR国を後ろ盾にしたB国は我が国の本土まで攻めて来ていまして、首都が総攻撃される寸前だった。私にもまだ悪運が残っていたっていう所ですか。

U国軍は世界最強と言われるだけあってさすがに強かった。B国軍を押し返し、戦況はまた我が国の有利になって来た。あと一歩でB国軍を我が国土から一掃できるという所まで来たんです。そうしたらねえ、B国はどうしたと思います? 国際条約で禁止されている化学兵器を使って来やがったんですよ。B国の指導者は悪名高い独裁者で、かねがね悪い奴だと思っていたが、こっそりと化学兵器を作ってため込んでいやがったんですなあ。自分の国内ではそんなものは危なくて使えない。だから敵国内で戦闘が行われているうちに使っちまえ、となったんですな。まったくいい加減な奴で。

その被害は酷いもんでした。さすがに国際法で禁じられているだけの事はありますな。最強のU国軍も、さすかにこれには手を焼いて戦況不利とならざるを得なかった。また首都総攻撃の恐怖が蘇った訳です。しかも今度は化学兵器というおまけつきでね。

私はたまらずU国大統領に泣きつきましたよ。「もう何でもいいから助けてくれえ。奴らが禁止されている化学兵器を使うなら、こっちもその上を行く兵器を使えばいいじゃないですか。核兵器でやっつけちゃって下さい」てな感じでね。

いえ、言ってみただけです。これまでの流れから言ったら普通の戦争の尻ぬぐいをするには国際条約を破った犯罪的戦争。さらに大きな犯罪的行為で窮地を脱すればいい、となる。理屈では分かっているんですが、まさかねえ。超大国の大統領ともあろう人が核兵器の使用に同意するとは思いませんでした。

ええ、今のU国の大統領は右傾向が強くて人種差別的な、ポピュリズム的人物だ。という評判は聞いていましたよ。怒りっぽくて、外交でも無茶な要求を次々他国に押し付けるので国際社会の迷惑になっている。それは知っていました。ですがねえ、あそこまで短気で後先を考えない自分勝手な人物だとはねえ。驚きました。世も末です。U国大統領は私以上にB国から化学兵器を使われた事に怒り心頭だったんですな。だから私から懇願されるとポーンと核兵器の使用ボタンを押しちゃった。

ハッハッハッ。笑うしかないとはこの事ですな。

・・・・・・。どうなるかは、分かりますよね。

ええ、その後の展開については私も思い出したくない感じですし、みなさんも良く知っておられるでしょう。B国の後ろ盾になったR国は、U国と同じくらい核兵器を大量に持っています。これまでは絶対に使わないと、暗黙のうちに取り決めがしてあったのが破られたんですから。

しかも悪い事にはB国内にはR国軍が秘密裡に駐留していたんですなあ。主に兵器の運搬と戦闘の指揮をするためだったらしいんですが、それが丸ごと核兵器の犠牲になってしまった訳ですから。ええ、全面的な核戦争に、発展しますよねえ・・・・・・。

ハハハ。それでは私の話はこの辺でおしまいという事にしていいですか。話すことはもう残ってはいないんです。

本当に間が悪いっていうことはあるもんで。最初はほんのちょっとした小さなことだったんですがねえ。私はそれを誤魔化そうとしただけなんで。ええ、元は浮気を誤魔化そうとしただけなんですから。そう大した罪じゃあないんですよ。運が悪かった。と、それだけでしてね。事態を悪化させたのはマフィアや国家諜報部長官や軍内部の不平一派の連中で、私は彼らに引きずり回されただけなんです。だからなるべく寛大な処分を、お願いしたいんですがねえ。

しかしここは暑いですねえ。いや、暑いなんてものじゃない。文字違いの熱い、ですか。こんなに火が燃えていちゃあお勤めする方々も大変ですね。えっ、人間じゃないから大丈夫? ごもっともです。

それじゃあ、もうそろそろ判決を出していただけますか。後ろにはまだ七十億人近い人が控えていますんで、お早めの処分決定がよろしいかと。

こうパーンと思いっきりよく、天国行きっていうハンコを押していただけたら嬉しいんですがねえ。そんな訳にはいかないですか。

本当にねえ、間が悪かっただけなんですよ。うん。運が悪かっただけ。これだけ不運が続くっていうことは、ひょっとしたら神様も、もうそろそろ人類を滅ぼそうと考えられておられたんじゃあないですかねえ。人類は神様の教えをろくすっぽ守らないで、ろくでもない事ばっかりやってきましたから。だとすると私は神様の思し召しをお助けしただけ。かえってよくやったと褒められてもいい立場なんじゃないですか。

ねえ、もう一度だけ確認して下さいよ。きっとこの件には神様の意思も働いているに違いないんだから。そうでなければ私のような者がこんな大きな事件に関われるもんですか。私はノアとか、えーと、あと誰ですか。名前は知らないがソドムやゴモラの町が焼き尽くされるのに協力した者なんかと同じなんです。

だから、ね。もう一度確認してから、天国行きの判決を、出して下さいよう。ねっ、ねっ、ねっ、私は何も悪いことはしていない。ただ運が悪かっただけの小人物に過ぎないんですから。お願いですよう・・・・・・。