小説
Ⅰ 電源が入るとルーシーに生気が戻った。合成樹脂の瞳が動き出し、私の顔に焦点を合わせる。同時に少し頬が緩んだ。端正な顔立ちに、戸惑いながら微笑むような表情が浮かぶ。完全な静止から始まった僅かな動き。その効果は絶大である。こんな単純なことが無…
「いつまでもつきまとってんじゃねえっ」 野太い怒声と共に、でっかいゲンコツが飛んで来た。 鼻っ柱に世界がひしゃげるような衝撃を感じ、芳夫は意識が飛びかけた。それは何とか保てたが、平衡感覚は粉々になって、思わずよろめき尻餅をついた。 痛む鼻に手…
1 魅力のない惑星だった。 地形は凹凸に乏しく、どこまでも赤茶けた土と岩石が続くばかり。かつては海だったとおぼしき低地もあるが、とっくの昔に干上がって、細かい砂が溜まっているだけだ。 大気は薄めで空には雲がほとんど無く、薄ぼけたような青灰色が…
まあ、何と言いますか、間が悪いっていうことはあるもんですねえ。まさかあんなことになろうとは。夢にも思いませんでしたよ。ハハハ。えっ、笑ってる場合じゃない? 本題を早く話せと、ごもっともで。それじゃあ始めましょうかね。まあ、言ってしまえば同じ…
私は最初、一次元の存在に過ぎませんでした。 体はただ線のように細く長く伸びているだけで、幅も厚みもまったくありません。周りの世界がどういうものなのかも分からず、ただ自分が存在していると気がついて、漠然とした不安のようなものを覚えるばかりだっ…
「ただいま」 「お帰りなさい。遅かったわね」 「飲みに誘われてね。昇進したばかりで周りに気を使わなくてはいけない時期だ。断るわけにはいかないだろう。これでも適当なところで切り上げてきたんだぜ」 「別に責めてはいないわよ。おでん作ったんだけどご…